【間の会のお便り】 2020年2月13日を掲載します。今度の日曜日、月々の間の会です。
【間の会のお便り】2020年2月13日
みなさま、こんにちは。
立春を過ぎて、ようやく本格的な寒い日がやってきたと思ったら、また暖かくなってきました。
毎年、今年は寒いねとか、今頃、こんなに寒いなんてとか、意外に暖かいねとか、そういうやりとりをしているように思いますが、今年は一段と例年にない感じもいたします。わたし自身は、戸惑いもあるのですが、みなさんは、どうお感じですか?
一月に短めのお便りを書きましたが、郵送の方にはお送り出来ず、申し訳ありませんでした。今回も、郵送分は、2月の【月々の間の会】には間に合いそうもありません。
色々なコトが、全身を巡っていて、なかなかコトバになりませんでした。
今回は、お渡し出来るところまで言葉にしてみます。
一、月々の間の会
日時:2020年2月16日(日)13:30~16:30
場所:津市贄崎地区防災コミュニティセンター 2階集会室
※ 2月は、第4日曜日が国民の祝日で会場が休館になるので、第3日曜日の2月16日(日)に行います。
二、2020年3月11日に集う
日:2020年3月11日(水)
詳細は未定です。贄崎地区防災コミュニティセンターを、一日予約していますが、他にも場所を移動してもよいと思っています。一応、午前中から夕方まで一日を考えていますが、興味のある方は、お問い合わせください。
三、月々の間の会(春のお彼岸)
日時:2020年3月22日(日)13:30~16:30
場所:津市贄崎地区防災コミュニティセンター 2階集会室
◆ ともかく、引き続き、会う、集う、ということをやっていきたいと思っています。
そして、共に過ごす、共に居るということが全てです。
そういう場を作るにはどうしたいいかということは、これもまた引き続き考えていきます。
共に過ごす、共に居る、ということは、別に友だちを作るとか、仲良くなるとか、とは違うことだと思っています。
家族や友だちなど、親密な人も、初めて会う人も、普段の生活でなかなか出会えないような人も、同時に一緒に居る、居られる場ということではないかと思います。
それは、親密圏と公共圏の間にあるようなものでもあります。
公共の施設を使っていますが、趣味の集まりでも、仲間の集いでも、職場でもないし、福祉施設や、公民館、公的な集まりとも違います。(福祉施設や公民館でも可能か探ってみる余地はあります。)
親しすぎる者同士も、疎遠な者同士も、あるいは、憎しみあっている者同士も、どうやって敬意を持っていられるかということを思います。
趣味や嗜好、思想、世代、ライフスタイルや、収入、意思疎通の方法などが違うと、一緒に居られませんか?
こうした場を作っていくにあたり、わたしは、あまり人工的な仕掛けや、人為的な導き、促しをしたいとは思いません。
なるべく、ただ集まるだけ以上のことは、したいと思いません。
もちろん、集まった場で、それぞれが、したいことをすればいいと思います。
そうするには、どうすればよいのか、わたしにアイデアがあるわけではありません。
それは、みなさんとともに考え、作っていきたいのです。
今、それぞれの人々が、自分自身の行き方を肯定することは、当然のことだろうと思います。
しかし、自分自身の生き方を肯定することは、他人の生き方を否定することとは、全く違います。
それは、他人と無関係に、自分自身を貫くということともまた違います。
もう一度、自他とは何でしょうか?
わたしは、わたしではありますが、それだけではありません。
多くの人によって、わたしはわたしになっています。
そこには、日々顔をあわせる人も、会いたくても会えない人も、会いたくない人も、忘れられない人も、忘れたい人も含まれます。
それらすべての人が、わたしを成しています。
相まみえ、共にいる時に、自他の区別が必要になります。
言葉や身振りや表情は、人から受け継いできたものです。
そのほとんどがすでに亡くなった方々です。
それらを、誰かにてわたすから、わたしはわたしになります。
それをわたしているのは、わたしだから、他の者が、その代わりをすることは出来ません。
他の者の受け渡し、手渡しているものを、奪ったり、それを自分がやったことにしてしまわないために、自他の区別が必要となります。
わたし、我(われ、わ)と、あなた、汝(なんじ、な)の間の「と」を丁寧に、大事に扱うことで、互いの尊厳を奪い合わない、敬意を持った者同士が、そこに居ます。
それは、その互いを成している、多くの他の人の居場所も同時に空けることです。
目の前にいるのは誰なのか。
わたしは、目の前にいる人とどのようにいるのか。
色々なことが障壁になります。
何となく、似たような考え、生活様式のものばかりで集まりがちです。
それが、目の前にいる人を見えなくさせてしまいます。
また、自分の生き方や思想を肯定するために、他人の生き方を安易に否定したり、蔑んだりします。
例えば、会社員であっても、自営業であっても、公務員でも、非正規労働者でも、年金生活者でも、外国人でも、働きたくても働けない人でも、働きたくない人でも、一匹狼であっても、組織で働いていても、意思疎通やアクセス、日常生活に障害がある人でも、健康な人も、病気の人も、共にいることにおいては、関係がないはずです。
わたし自身が、それを、断固として拒否出来ているかというと自信がないですが、人の生き方を否定したり、侮辱したりする発言を聞くのは居心地の悪いことです。
では、そのような発言をしたい人の話は聞かないのかというと、そうではありません。
憎しみや、怒り、恨みや、妬み、侮りや、蔑み、甘えも、その人を成している誰かのあらわれです。
その誰かの場所も空けておきます。
居心地の悪さも含め、共に居ましょう。
最近は、特に金銭をめぐることについて、多くの苛立ちを感じます。
しかし、お金に困っている人も、お金に不自由しない人も、お金にこだわりのない人も、お金に執着のある人も、共にいることは出来ないものでしょうか?
大きな障壁には違いありませんが、お金が共にいることを阻んでいるのだとすると、大変虚しいことです。
自由や権利、不公平ということをめぐっても、多くの苛立ちを感じます。
これも、考えていきたいことです。
ともあれ、まずは、共に過ごす、共に居ることから始めませんか?
お待ちしております。
◆今、主に会場として使っている、贄崎地区防災コミュニティセンターは、わたしが惹かれる場所だから使っています。誰にでも来易い場所というわけではありません。
今後、この場所以外に、他の場所でも出来れば場を持ちたいと思っています。
◆また、間の会は、どこでも、いつでも出来るのではないかとは思っています。
こういう場所でやってほしいというご希望があれば、ぜひ、ご相談ください。
◆長くなりましたので、会場のアクセスについては省略させていただきます。
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最後までお読みくださり、ありがとうございました。
2020年2月13日 間の会 西脇秀典
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