明日8月23日(日)は【月々の間の会】です。

皆様


こんばんは。


今日はまた少し残暑が厳しいでしょうか。


わたしは、まだ体調が悪いのです。

とりあえず、検査を受けたりしています。

今、一体どういう体調なのか、よく分からないので。

ですが、明日の【月々の間の会】は行います。


元々、間の会は、どんな体調の人でも参加出来るようにという思いで始めましたので。

わたし自身も、どんなに体調が悪くても続けられることをと思ってやっています。

這ってでも出ていけない時もありますが。


◆【月々の間の会】

日時:2026年8月23日(日)13:30〜16:30

場所:津市贄崎地区防災コミュニティセンター

FBイベントページ↓

https://www.facebook.com/share/18ya3YjdyE/?mibextid=wwXIfr


先日の【間の会 会所・間座企画】〜誰かと共に聴きたい音楽を持ち寄って聴く

は、直前のご案内にもかかわらず、お一人の方にご参加いただき、

非常にいい時間を過ごせました。

音楽に特に全くこだわりも、関心もないという方が参加されたのですが、

特に関心やこだわりがなくても、生きてきた道のりの中に、

ふと思い出される音楽があります。

その人の生きてこられた重層的な時間が、断片的な音楽の話とともに、

あらわれて、とても厚みのある時間だったと思います。


今は政治的な話や、宗教の話も、すぐ対立を産みやすい時代になっていますが、

それは、音楽とか映画とか小説とか舞台とか美術とかゲームとかスポーツとかでも似ていて、

この映画を観ていない人とは話したくない、とか、

この音楽を嫌いな人とは話したくない、とか、

どうもそういう話がしばしば、SNSなどに出てきます。

最低限、このニュースは知っていてほしい、とか、最低限、この知識は必要だとか。


どうしてなのでしょうね。


音楽でも映画でも何でもそうですが、そういうものなのでしょうか?


いい、悪い、好き、嫌い、がそこまで重要でしょうか?知識や教養のある、なし、はそこまで重要でしょうか?


どんな話題でもいいのですが、その人が何故、そのことに関心があるのか、あるいは、ないのか。


むしろ、その背景の部分が面白いように、わたしは思います。


わたしは、元々、漫画を全く読みませんし、近年はますます小説を読まなくなりました。


しかし、人の話を聞く方が、自分には圧倒的に面白いもので、そうなっているのかもしれません。


誰の話でも、尽きせぬ魅力がありますね。


では、明日、よろしくお願いします。


以上の件、すべてお問い合わせ、ご連絡先は、

● メール:aidanokai2015@gmail.com  間の会 西脇秀典 です。

●西脇秀典note:https://note.com/noble_avocet3398


最後までお読みくださり、ありがとうございました。


2026年8月22日 間の会 西脇秀典

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